Notes about 4Bolt

Surfer : Col Bernasconi






Secret Highway/4Bolt(フォーボルト)
 ここ数年、世界中で(特にUSA、オーストラリアが本家本元)プロサーファーがバンドを結成して成功する例が増えてきた。
  トム・カレン、ケリー・スレーター、ドン・キング、テイタス・キニマカなど超トップサーファー達の創る音楽は、サーファーばかりでなく、スノーボーダー、スケートボーダーからも大きな支持を得、さらに幅広い音楽ファンにもアピールする力を持つに至っている。特に彼らエクストリーム系スポーツフリークにとっては、この手のサーファーから発信されたサウンドは、まさに必須アイテムとなっているようだ。
  その理由は、彼等が海や山など自然の中から感じるものを音楽で表現しているからに違いない。そして彼らにとっては、自分達の求める音楽が他に無いから自ら創造しているとも言えるだろう。
  今回紹介する4Bolt(フォーボルト)はオーストラリアでは、サーファー・スノーボーダー・スケートボーダー達の間で、すでにカリスマ的存在として君臨する定番中の定番、サーファーズ・ロックバンドの本命と言えるだろう。










Introduction
  フォーボルト誕生の地アバロンは、シドニーの中心部から35キロ北に位置する美しいビーチタウン。すり鉢状のビーチと深い森に囲まれたこの小さな町は、アメリカの人気テレビ「ベイウォッチ」の舞台としても知られている。
 1970年代前後、世界中に浸透していったヒッピームーブメントは、この地にも大いなる影響を与えた。その証拠に古くからの住民の家を訪れてみればドアーズ、ジミ・ヘンドリックス、グレートフル・デッドなどのオリンジナルポスターが当たり前のように目に飛び込んでくる。現在のアバロンは、そんな流れを受け継ぎつつ、アーティストやサーファー達が好んで住める雰囲気に満ちた、刺激とゆとりの混在するリラックスした小さなビーチタウンになっている。
  数軒の雰囲気の良いカフェ、(特にフィッシュボーンは西洋とアジアが交差するお薦めのレストランテだ)、レコード店にブックショップが各3軒、それにコーナーのワインショップ、ナチュラルショップ、世界各国の珍しい品々を集めたインテリアショップなど、シドニーにありながら明らかに他のシドニーとは異なる、フラワーチルドレンの時代にタイムスリップしたかのような空気が流れている。アバロンこそシドニーカルチャーの発信地だと、ローカルは自負している。

4Bolt member

Col Bernasconi


Kane Skennar


Scotty 注1


Christian Barton

4Boltメンバー
Col Bernasconi :   ボーカル、作詩、プロフェッショナルサーファー 
Kane Skennar :    ギター、作曲、サーフィンフォトグラファー
Matt Hough :
注1   ドラムス、エクストリームスケートボーダー
Christian Barton :  ベース、アバロンローカルサーファー

 フォーボルトの4人は全員がアバロン出身。子供時代から美しい海に遊び育ち、この街の自由な雰囲気の中で過ごしてきた。そんな環境が彼らに及ぼした影響は計り知れない。
  ボーカルのコールは、1993年から98年にかけてプロサーフィンのサーキットを転戦し、確固たるポジションを築いた。オーストラリアでは有名なトッププロサーファーであり、現在では彼のライフスタイルに共鳴するウェバーサーフボード (世界最高のサーフボードメーカー)、ブームドガーズ (サーフウェアー)、サーフィンライフマガジンなどがスポンサードしている。
  また冬になるとジンダバイ、スノーウィーマウンテン(どちらもオーストラリアを代表するスノーゲレンデ)で誰よりもスピーディーにパウダーを攻め、またハーフパイプでは信じ難いエアーにチャレンジをし続けている。サーフウェアーのブームドガーズはコールをイメージキャラクターにスノーボードウェアーにも進出しようと計画している程だ。
  サーファー、スノーボーダーとしてコールは絶大なる人気を誇っているが、4Bのボーカルとしての顔も忘れてはならない。
  ハードな歌い方をするロックボーカリストとは、想像以上に体力を使うものだが、コールのフィジカル面は完璧なまでに鍛えられている。何と言っても肺活量が並大抵ではない。その一方、とてもナイーブな感性に満ち溢れている。繊細な詩人としてオーストラリアのメディアは挙ってドアーズのジム・モリソンと比較する。CDでは伝えづらいが、ステージでは時にライブ映像のジム・モリソンとダブってしまう。ヘヴィーなリフに乗り、即興で何かを語る時、熱狂した観客の揺れや過激で古典的なヘッドバンギングが瞬間止まる。この手の音楽にはあり得ない現象、そう、聴衆が聴きに入ってしまうのだ。

  ギターのケインは、UK、アメリカのハードロックを聴きながら育った。特に子供時代はジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバスなどのクラシックロックに心酔していた。親がそんな音楽を好んで聴いていたから、ごく自然に耳に入ってきたという。
  コールと共に4Bを結成してからは、いかに無駄な音を省くか、リフの力強さを追求するようになる。ケインは半年前からアバロンではなくオリンピックのビーチバレーが行われたボンダイに住んでいる。カメラマンとしての仕事が増えてきたからだ。
  サーフィン誌だけではなくオーストラリアヴォーグなどのファッション誌からも依頼が多くなってきている。そしてバンドの練習には車を飛ばしてアバロンのガレージスタジオに戻ってくる。
 
  ドラムスのマット
注1が一番若い。以前は力強かっただけのプレーもここ2年ですっかり様変わりをした。クリスチャンのベースと絡むことで4Bのパワフルなリズムセクション が成立した。
 
オーストラリアの音楽誌は挙って"BEEFY"、つまり肉厚と言う聴き慣れない形容詞で4Bのサウンドを語っている。 彼ら自身は、自分達の音をデザートロックと言う。私は、飾り気のないシンプルなロック、荒涼とした大地に染みわたらせるための力強い演奏だと理解している。
言い忘れたがベーシストのクリスチャンは、地元アバロンではコールのようなプロではないが尊敬されているローカルサーファーである。
  若いマットはアバロンのスケートボードパークでかなり目立っている。明らかに他の若いボーダー達よりもエアーの滞空時間が長いばかりでなく、根本的な速度が違う。また波の大きなクローズアウトのチューブの中に突っ込む、大胆不敵なブギーボーダーでもある。
  以上の個性的な4人が絡み合う、肉厚なサウンドタペストリーこそフォーボルトの魅力と言えよう。 ちなみに私は1998年アバロンで彼らのGIG(ライブ)を観て以来、シドニー近郊のGIGは殆ど観ている。毎回異なる選曲、演奏、コールの詩に1度足りとも裏切られたことはない。

 
シークレット・ハイウェーについて
 海を見下ろすアバロンのガレージスタジオで曲は作られ、リハーサルが行われた。そしてシドニー中心部ピッツストリートのスタジオで2000年8月からレコーディングを開始。10月にマスタリングが終了。
  このアルバムにはオーストラリアで一番集客力のあるパンクバンド「グリーンスプーン」、80年代から活動を継続するファンクバンド「スカンクアワー」が参加している。ともに4Bのステージを見てファンになっての客演である。いかに4Bがシドニーのロックシーンにここ数年深い影響を与え続けているか、日本では想像し難いであろう。日本に先駆け発売されたこのアルバムは発売と同時に完売、11月現在、3度目のプレスに追われている。


1. Secrt Highway
2. Drown in Sunshine
3. Twich
4. Bi-polar
5. Vanishing point
6. Rowie ( 日本盤のみのボーナストラック)
 

 

オーストラリアのロックシーンについて
 オージーロックと言えば、インエクセス、ミッドナイト・オイル、クラウデッド・ハウスなどが代表的であるが、何も全てのバンドが世界進出を目指しているわけではない。むしろ日本的な単純なスマッシュヒットを狙っているバンドなど皆無に等しいと言ってもよいだろうか。その証拠に無名のロックバンドの数は日本を遥かに上回っているのに、その質については残念ながらあと100年かかっても日本が越えられない程レベルが高いバンドばかりだ。
  それは本家UKやUSAが失ってしまったロックスピリットそのものと言えるかも知れない。「売れたい、有名になりたい、金が欲しい」、その手の短期戦略的な販売促進、プロモーション活動は貧弱とされているのだ。人口1850万人のオーストラリアでは、一発ヒットを狙うより長く好きな事を続ける方が大切なことなんだと、ロックをやる奴等はバンドを始める前から知っている。レコード会社やイベンターの思惑なんかに左右されていては何も出来ない、起こらない、そんなことはやる前から解りきっている。だからロックがいつでもロックしている。
 パブ(日本で言うライブハウス)は無数に存在し、毎晩誰かしらが演奏している。それでも80年代に比べればその数は減ったそうだが、ロックを聴く土壌はしっかりと、ある。
バンドもオーディエンスも力強い絆で結ばれているから双方下手なことは出来ない。無名でも高校生バンドでも、いい演奏をすれば客は必ず乗ってくれる。その逆もまた、ある。
 2000年5月USAから来たいわゆる大物ミュージシャンがシドンーエンターテイメントセンターでコンサートを行ったが、明らかに客をなめた演奏であった。途中席を立つ者が目立ち始め、やがてはブーイングの嵐となり、翌日のラジオ(トリプルーM、トリプルーJ、一番人気の2つのFM局、)では共に「あー何てことだ。CDとは違って最低のバンドだった。リスナーよ、騙されるなよ。もう2度とCDをかけることも話題にすることもないであろう」と辛辣に批判をした。そう、オーストラリアではロックは日常の一部だから質の高くないショウに対しては容赦がないのだ。

 もしウッドストックのような自由な雰囲気のロックコンサートを体験したいなら、12月末にシドニー中心部で行われるオーストラリアバンドが結集する「ホームベイク」やイースターに各地で開催される野外コンサートに行ってみればいい。今年はZZ・Topやベン・ハーパーやアメリカのブルースマン、ジャマイカからも渋いラスタが最高の演奏を披露した。こんな人口の少ない国で10万人くらいいとも簡単に集まってしまう。このパワーこそがロックなのだ。
  そんな大イベントの客層は老若男女、まるで制限がない。これには驚かされる。タトゥーにボディーピアスバリバリの若者以上にオッサン・オバサンが拳を振りかざし、時代なんて関係ない踊りを披露する。  
2000年11月15日 ライナーノーツ Hi-Roo
    ※ライナーノーツに一部加筆、訂正をしています。
    注1:メンバーの写真を撮る時にはドラムスのマットが抜けてしまっていた!代わりに参加したのが写真のスコッティ-である。Back

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